第9話 オルフェウスの竪琴

シシュポスは、ずる賢いという言葉がぴったりなキャラクターで、タナトスやペルセフォネなどの冥界の神々を騙して地上に戻ることに成功しました。

冥界の話をもう一つ紹介します。

「ミュージック」の語源となった、「ムーサイ」という文芸の女神たちがいました。

この中の一人が音楽の神アポロンと交わり、オルフェウスが生まれました。オルフェウスは、両親の音楽の才能を受け継いで、素晴らしい音楽を奏でました。

オルフェウスは、エウリュディケというニンフ(森や河に住む妖精)と結婚し、幸せな生活を送っていました。

しかし、新婚生活の幸せの絶頂期に、何の前触れも無く、エウリュディケは毒蛇に噛まれて死んでしまいました。

哀しみに暮れたオルフェウスは立ち直ることができず、エウリュディケを取り戻すために冥界へ向かいました。

冥界は地獄の番犬ケルベロスが番をしているため、通常であれば生きた人間は入れません。

しかし、オルフェウスが竪琴を奏でると、美しい音色を聴いたケルベロスはうっとりして番を忘れ、オルフェウスは冥界に入ることができました。

オルフェウスは、冥界の王ハデスと女王ペルセフォネに、「エウリュディケを生き返らせて下さい」と頼みました。

そして、竪琴を弾きながら思いを込めて歌いました。

ハデスは厳格です。本来であれば、人間を生き返らせるなどということはありえません。

しかし、ハデスもペルセフォネもオルフェウスの音楽に心を動かされ、何の罪も無いのに突然命を落としたという境遇にも同情し、エウリュディケを連れて帰ることを認めました。音楽には、人の心を動かす力や、音楽だけが持つ力があることを、古代ギリシャ人は知っていたのかもしれません。

ただし、ハデスは一つだけ条件を付けました。「地上に着くまで、決してエウリュディケの方を振り返ってはいけない」というものです。

オルフェウスは喜びで舞い上がりました。エウリュディケを背負って歩き始めました。

しかし、地上へと続く階段を上っていくうちに、不安が忍び寄ってきました。

たしかに背負っている実感はありますが、名前を呼んでも反応がありません。本当に生きているのだろうか。本当にエウリュディケなのだろうか。

不安に勝てずに後ろを振り返ると、確かにエウリュディケはいました。しかし、オルフェウスが振り返った瞬間、エウリュディケは哀しそうな顔をして、声も無く闇の中へ消えていきました。オルフェウスはエウリュディケを永遠に失いました。

地上へ戻ったオルフェウスは失意の底に暮らしました。オルフェウスはいい男だったので、女たちやニンフたちが言い寄ってきましたが、オルフェウスはエウリュディケのことしか考えられませんでした。やがて女たちの愛情は嫉妬に変わり、オルフェウスは殺されて八つ裂きにされてしまいました。

バラバラになったオルフェウスの死体は竪琴といっしょに川に捨てられました。

オルフェウスの首と竪琴は、エーゲ海のレスボス島に漂着しました。

これ以降、レスボス島の鳥は愛の歌をさえずるようになったと言います。音楽家や詩人も生まれました。有名な女流詩人サッポーもレスボス島で生まれました。

オルフェウスの神話はよくモチーフとして使われます。数々の劇や映画が作られています。 また、オルフェウスの神話とはうって変わってポップな世界観ですが、音楽を題材とした人気シリーズ「ラブライブ」でもギリシャ神話モチーフが用いられています。主人公の9人組アイドルグループの名前が「ミューズ」、ギリシャ神話の9人の文芸の女神が「ムーサイ(英語ではミューズ)」です。

Francois Perrier 1645年
↑ハデスとペルセフォネの前でバイオリンを演奏するオルフェウス(竪琴がバイオリンにデフォルメされている)
Michel Martin Drolling 1820年
↑エウリュディケは闇の彼方へ
Émile Bin 「The death of Orpheus」1874年
↑女たちの愛情は憎悪に変わり、オルフェウスは袋叩き
ギュスターヴ・モロー「オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘」1865年
↑オルフェウスの首と竪琴は海の向こうの島へ

第10話 ニケ 勝利の女神

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