「ヘラの栄光」という意味の名を持つ英雄ヘラクレスは、赤ん坊のころから、ゼウスの正妻ヘラに迫害されてきました。ギリシャ各地を巡って怪物と戦う有名な「ヘラクレスの12の難行」も、ヘラの攻撃でした。
最後は人間界を去り神々の世界に迎えられましたが、その過程にもギリシャ神話らしい欲望と復讐心が渦巻いていました。
ヘラクレスは、第12の難行「地獄の番犬ケルベロスを連れてくる」で冥界に行った時、メレアグロスという英雄の亡霊に出会い、地上にいる妹ディアネイラを嫁にしてやってほしいと頼まれました。ヘラクレスはディアネイラと結婚しました。
ある日、二人が引っ越しで川を渡る時、ヘラクレスは自分で川を渡り、ディアネイラは、この川で渡し守をしていたネッソスというケンタウロスに乗せました。
ディアネイラを乗せたネッソスの方が先に向こう岸へ着きました。
ヘラクレスが向こう岸を見ると、ネッソスがディアネイラを犯そうとしています。
ヘラクレスはネッソスを毒矢で射殺しました。この毒矢は、第2の難行で退治した猛毒の毒蛇ヒュドラの血に漬けた矢で、非常に強力でした。
ネッソスは死ぬ前にディアネイラに言い残しました。
「お嬢さん、乱暴してすまなかった。お詫びに私の血をあげよう。私の血には惚れ薬の成分が入っている。もし今後の結婚生活でヘラクレスを他の女に取られそうになったら使ってくれ。」
素直なディアネイラは、ネッソスの血を瓶に入れました。
後日、ヘラクレスはオイカリアという町を征服し、オイカリアの王の娘をかわいがるようになりました。そしてこの娘は、ディアネイラと結婚する前にヘラクレスが愛した女でした。
ディアネイラは嫉妬し、不安に駆られ、今こそネッソスからもらった惚れ薬を使う時だと考えました。
ディアネイラは、「オイカリア征服を祝して」というメッセージを付けて、ネッソスの血をしみこませた下着を、オイカリアにいるヘラクレス宛に送りました。
しかし、ネッソスの血は惚れ薬などではなく、ヘラクレスの毒矢に射られた時にヒュドラの血が混じった猛毒だったのです。ネッソスが復讐のために仕組んだ罠だったのです。
毒が回ってヘラクレスは死を覚悟し、今すぐ火葬するよう仲間たちに言いました。ディアネイラは凄惨な光景と自分の犯した過ちを受け止めきれず自害しました。火葬が始まると黒雲が現れ、ゼウスがヘラクレスを神々の世界へ連れて行きました。ヘラとは和解し、平和に暮らしました。
ネッソスは、毒矢で射られてから息絶えるまでのわずかな時間で復讐のプランを考えて実行したのです。人の言うことを信じそうで嫉妬や不安から行動しそうなディアネイラの性格も利用した見事な作戦でした。こんな脇役でもしっかりと復讐していくのがギリシャ神話の世界なのです。