ゼウスの浮気は、「イオニア海」の起源となった「イオ」や、「ヨーロッパ」の起源となった「エウロペ」だけではありません。数え切れないほどの浮気をしました。
「ペルセウス」「ヘラクレス」「アキレウス」などの英雄も、「アポロン」「アルテミス」「ヘルメス」「ディオニュソス」などの神々も、ゼウスの浮気の産物です。
ギリシャ神話の大部分はゼウスの浮気とヘラの嫉妬と言ってもよいほどです。
なぜゼウスは浮気を繰り返すのでしょうか。
ゼウスを擁護するわけではありませんが、これは神話の形成過程を知ると理解できます。
古代の人々は、自分たちの民族に箔を付けるために、「〇〇の子孫」を自称することがよくありました。
古代ローマ人は、「我々は神話上の人物ロムルスの子孫である」と考えました。
都の創始者の子孫であるとか、宗教の創始者の子孫であると主張する集団もいます。一種のブランディングです。
ギリシャ神話が形成された頃のギリシャでも、いろいろな地方で、いろいろな部族が、ゼウスの子孫を名乗りました。
そして「ゼウスが人間の女と交わって我々の創始者が生まれた」という話がいくつも発生し、ゼウスという一人の登場人物のもとに収束した結果、「ゼウスが何人もの人間の女と交わった」というストーリーができ上がったのです。
◆ゼウスとヘラの夫婦関係が反映するもの
また、ゼウスとヘラの力関係も、古代ギリシャ人の生活状況を反映しています。
今のギリシャがある地域には、元々はヘラを最高神として信仰する先住民が住んでいました。ギリシャ神話に登場する現在の人類の祖先となる人物の名前は「ヘレン」ですが、これが「ヘラ」に似た音声であることからも類推できます。「英雄」を意味する「ヒーロー」もヘラに由来します。
ヘラを最高神として信仰する先住民のところへ、何回かに渡って、ゼウスを最高神とする民族が侵略してきました。後から来た方の民族は主権を取りましたが、先住民を完全に制圧することはできませんでした。
こうして、「ゼウスはヘラより優位だが、ヘラを完全には支配できない」という条件の下に、ゼウスを最高神とする神話が、ヘラを最高神とする神話の中に混ざっていき、今の形のギリシャ神話が作られました。
ゼウスが浮気をする度に、ヘラは復讐をします。
ヘラはゼウスには逆らわず、浮気相手を攻撃します。
一方、ゼウスはヘラを完全に抑え込むことができていません。ヘラはあの手この手でゼウス側の勢力にダメージを与えます。
ゼウスはヘラとの離婚も考えません。神々が繁栄するためにはヘラの力が必要です。
もしも、先住民が完全に支配されていたら、ギリシャ神話のストーリーでもゼウスが絶対的に優位に立っていたでしょう。ヘラは嫉妬も復讐もせず、何も話が発展しない、一辺倒な脚本になっていたかもしれません。