エロスという性愛の神がいました。英語名はキューピッドです。幼児の姿で、ハートが付いた弓矢と矢筒を持っています。
弓矢の神アポロンは、エロスをからかいました。
アポロン:「ハハハ。おちびさん、いっちょまえに弓なんて持っているが、君はその弓をしっかり引けるのかい?矢は的まで届くのかな?」
エロス:「できるさ。」
エロスはさっと弓を引いて、黄金の矢をアポロンの胸に命中させました。
エロスの黄金の矢で射られると、意中の相手を自分では制御できないほど好きになります。神の力であり、一種の呪いとも言えます。愛情が報われない場合はなおさらです。中途半端な呪いより恐ろしいかもしれません。
次にエロスは、遥か遠くの地上にいたニンフ(妖精)を鉛の矢で射抜きました。
鉛の矢で射られた者は、どんなに愛されても決して受け入れません。
しかも、エロスが鉛の矢で射たのは、「ダフネ」という男ぎらいのニンフでした。処女神アルテミスに誓って、男とは交わらないと決め、河や森で狩猟をしたり動物と戯れたりして暮らしていました。アポロンの恋愛が成就する可能性はゼロでした。
アポロンはダフネを猛烈に愛し、追いかけて愛をささやきます。
しかしダフネは逃げる一方です。
逃げるダフネの手をアポロンがつかむと、拒絶反応は絶頂に達し、ダフネは悲鳴を上げました。
アポロン:「私はオリュンポス一の美青年アポロンだ!黄金に輝く!弓も引ける!竪琴も弾ける!人の命も救える!」
ダフネ:「イヤなものはイヤ!男なんて汚らわしい!たとえ神でも絶対無理!」
ダフネは、男と交わるくらいなら木になって逃れたい、と河の神に願いました。
河の神はダフネの願いを聞き入れました。
ダフネは手足にしびれを感じました。指は指先から徐々に細い枝へと変化していき、足も先の方から根へと変化していき、胴体は木の幹になりました。そして全身が木になりました。
木になってもなおアポロンはダフネを抱きしめ、樹皮にキスをして愛撫しました。木は抵抗するようにうごめいていました。
この場面を表現した有名な彫像があります。
物語の中の一瞬の映像を切り取って立体化しているわけですが、妖精から木へと変化していく過程が克明に表現されているのが分かると思います。バロック芸術(16世紀末のイタリアで始まりヨーロッパ中へ広がった)を代表するイタリアの彫刻家ベルニーニの最高傑作の一つとされています。
全身が木と化したダフネを抱いてアポロンは言いました。「せめて木として私のそばにいてくれ。私はお前を永遠に愛する。」
ダフネは承諾し、アポロンはダフネの木の枝と葉で冠を作りました。
彫像やイラストでアポロンが被っている植物の冠はこれです。月桂冠です。
ダフネが変身した木は月桂樹です。「ダフネ」とはギリシャ語で月桂樹のことです。
月桂樹は常緑植物なので、冬でも枯れません。月桂樹の木と化したダフネにアポロンが語りかけた「永遠の愛」を象徴しています。
月桂樹には、「勝者を永遠に称賛する」といった意味もあります。オリンピックのメダルのデザインに用いられたり、マラソン大会の優勝者に月桂冠が贈られたりします。