第1話 泥棒の神が必要だ

ヘルメスはオリュンポス12神の中でも少々変わり種です。

商売の神ですが、商売だけでなく、嘘と泥棒の神でもあります。商売も嘘も泥棒も、利害を考え頭を働かせて素早く動かなければ上手くいきません。その本質上、商売・嘘・泥棒は古来より通じ合う部分があったのかもしれません。

実際にヘルメスはとても賢い神でした。

ゼウスは、神々が繁栄するためには嘘や泥棒といった裏の能力も必要だと考えてヘルメスを誕生させたのです。

ある日の夜、ゼウスは、妻ヘラが寝ているすきにオリュンポスの館を抜け出し、泥棒のようにギリシャの山奥の小屋へ忍び込み、マイアという女神と交わりました。こうすることで泥棒の資質を持つ神ヘルメスが生まれました。

ヘルメスは、生まれたその日に幼稚園児ぐらいの大きさまで成長し、ゆりかごを出て、自分の足で歩き出しました。そして真夜中のうちにオリュンポスの北のピエリアという地方に到着しました。(地名はともかく、一晩では歩けない500km以上離れた場所です。)

ピエリアには予言の神アポロンの牧場があり、50匹の牛が飼育されていました。

泥棒の神ヘルメスは、ここで最初の泥棒をします。50匹の牛たちを、地面に残っていた牛の足跡を踏むように後ろ向きに歩かせました。どこへ向かったか追跡できないようにするためです。自分は木の枝で作ったサンダルをはき、足跡を残さないように細工しました。そして夜明け前に家のゆりかごまで戻りました。

翌朝、牛が一匹残らずいなくなった牧場を見て、アポロンは激怒します。

アポロンは予言の神なので、占いによってヘルメスの仕業だと特定し、山奥のヘルメスの家まで飛んできて激昂しました。

アポロン:「今すぐ私の牛を返せ!」

ヘルメス:「私ではありません。私は昨日生まれたばかりの幼児なので歩くことさえできません。牛を盗んで連れ出すことなど不可能です。」

予言の神は嘘も見破ります。

アポロン:「嘘をつくな!私は予言の神アポロンだ。お前みたいな赤ん坊など一瞬で八つ裂きにしてやるぞ!」

ヘルメス:「盗んでないものは返しようがないんですがね…それでも、どうしてもと言うのなら、ゼウス様に判断してもらいましょう。」 そして、たった今「私は昨日生まれたばかりの幼児だから歩けない」と言ったばかりなのに、すたすたと歩き出しました。さすがは商売と嘘と泥棒の神。この窮地をどうやって切り抜けるか見物です。

第2話 魔法の杖の始まり

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